- スポーツライター・小宮良之のブログ -
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2012.03.12 Mon 11:22
争うは本意ならねど
木村元彦さんの「争うは本意ならねど」を読了しました。
悪意のある権力者に吐き気を覚え、善意のドクターたちの行動に拍手を送り、著者の取材力に圧倒させられました。
ジャーナリズムの傑作、数多くの人に読んで欲しい本です。

正直、我那覇選手とドクターがこれほどのドーピングえん罪に巻き込まれていたのは知りませんでした。
これは読んでもらうしかないほど入り組んでいる話なのですが、川崎のドクターたちの名誉を晴らすためにJリーグの他のドクターたちが奔走した姿は、サッカーに携わる人間として感嘆せずにはいられません。
彼らがどれほどの無力感、徒労感を押し込め、果断な行動を続けられたのか。本当に頭が下がる思いでした。
善意の人々のおかげで、Jリーグは成り立っているのでしょう。
真実は醜さと美しさを共有しているものですが、その二つを同時に紡ぎ出すのには相当な取材と勇気と筆力が必要になります。
ジャーナリストとしてその事実を浮き彫りにした木村さんに感服します。

現在、バルサを率いる世界の名将、グアルディオラは選手人生の後半、イタリアでドーピングえん罪に巻き込まれています。彼は当初から「無実を証明するには引退も辞さない」と6年間にわたって徹底抗戦。2002年のW杯を棒に振ったし、当然プレーヤーとしての大切な時間を失いましたが、人生の潔白を証明するために犠牲を恐れませんでした。
グアルディオラの高潔で勇敢な姿勢は、今の指揮官としての在り方に示されています。
彼が優れた成績を残しているのは、戦術的な指導に秀でている、というようなことだけではない、もっと人間的な信望があるからなのです。

我那覇選手、失った時間は取り戻せません。
しかし、彼は無罪を勝ち取ったことでこれからの人生において上を向いて歩いていけるでしょう。
ストライカーとしてまたゴールを見せて欲しいです。
以前からアンチ・ドロップアウトという連載の登場人物として考えさせてもらっていたので、棲み分けはとても難しいにしても、できればあくまでサッカー選手としての再生を描いてみたいと思いました。
ちゅらゴールの軌跡を。

お薦めの本です。

争うは本意ならねど争うは本意ならねど
ドーピング冤罪を晴らした我那覇和樹と
彼を支えた人々の美らゴール

木村 元彦

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2010.09.29 Wed 13:59
leer
旅の友は文庫本。アナログ人間です。
最近読んだ本たちで印象に残ったのは。

ボックス(百田尚樹)
英雄にっぽん(池波正太郎)
武田家滅亡(伊東潤)

ボックスは、設定はありがちなのだが、読者を飽きさせない。二人の主人公の思いが交錯する瞬間が、スポーツシーンの醍醐味だった。先生の視点から見たボクシング描写が親切で分かりやすく、表現力豊か。生き生きとした登場人物たちにウルウル。泣かせにきているんだろうけど、まんまと。スポーツ小説としては最高の娯楽性。主人公の一人である鏑矢、前半は大久保嘉人を思い出させた。

英雄にっぽんは、池波流で山中鹿之助を描いています。月山富田城を尼子家のために取り戻そうとした忠義の士として有名な人物ですが、ここでは定型を壊し、むしろ俗的な執着の強い人物として登場。それにしても、一冊を書ききるのに、よくぞここまで主人公を突き放してかけるもんだな、と感服。僕は取材対象者にのめり込んでしまう悪癖があるのだ。

武田家滅亡は、珠玉の戦国小説。以前から知っていたが、センスのない装幀をみて買うのをやめた。でも読んでびっくり。伊東さん、とんでもない筆者である。姫、佞臣、忠義者、裏切り者、一介の城兵など、様々な視点で、お家滅亡が描かれ、それぞれの情景が目の前に浮かんでくる。昨今は戦国小説花盛りだが、この著者の筆力は驚きに値しまする。ちなみに高天神城は最高の山城跡。未踏の高遠城に行きたくなった。

そういうわけで、戦国奇譚、惨(伊東潤)もハードカバーで買ってしまった。あは。第一章読み終えたばかりだが、その迫力たるや・・・。
現在は、砂漠(伊坂幸太郎)などと同時に読書中~。

戦国鬼譚 惨戦国鬼譚 惨
伊東 潤
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2010.09.12 Sun 11:18
いくつかの本たち
最近読んで印象に残った、いくつかの本を覚え書き&紹介。

「永遠の0」百田尚樹
「生きてるだけで、愛。」本谷有希子
「世紀末の隣人」重松清
「羆嵐」吉村昭
「最後の将軍」司馬遼太郎
「さよなら渓谷」吉田修一
などなど。

永遠の0、は太平洋戦争の零戦乗りの話。でも、そこに物語はとどまらない。過去と現在が交錯し、
圧倒的なリズムで読者を巻き込んでいきます。容赦ない感じ。心揺さぶる。

生きてるだけで、愛。は、生きることに不器用な女の子の話。人間の孤独、その深みに読者を引っ張っていきます。本谷節。想像力が爆発するぜよ。

世紀末の隣人、は21世紀に潜む現代のルポルタージュ。重松さんの寄り道、無駄足、蛇足が事象を沸々と浮き上がらせる。追跡、追求を本流とするノンフィクションライターとは違った、感性に訴える作品。

羆嵐、人と獣の物語。人が野性に踏み入ったばかりの北海道、大正時代。そこで繰り広げられる格闘のシーンは、鬼気迫る。人間の無力さと逞しさ。関係ないが、子供の頃は熊と友達になれると思っていた。

最後の将軍、は徳川15代将軍、慶喜の物語。最後の将軍になった男の幕引きとは。聡明だった彼は時代の流れを読み、自分を幕府ごと葬り去る。幕府を捨てた軽薄な男、と言う評価もあるが、江戸を戦火から救ったのも事実か。
僕の母は会津出身だけに、ちょい複雑だけど。

さよなら渓谷、は一つの事件が複雑な人間関係を浮き上がらせ、人間の業を露わにする作品。吉田さんはなぜこうも人間を書くのがうまいのか。脱帽。でも、帯にある「『悪人』を凌ぐ長編」というのは違う。「悪人」は仕事が続けられないくらい、惹き付けられたから。

さよなら渓谷さよなら渓谷
吉田 修一


現在、読書中の本は、「ボックス」百田尚樹、「日曜日」吉田修一、「武田勝頼」新田次郎など。
武田勝頼は再読。「続武田信玄」の頃から何度読んだことか。なぜか彼の人生に惹かれる。37才で自刃。僕は38才になってしまった。高校時代、武田家滅亡の跡をたどり、天目山を歩いたな。変態的高校生だった。

新装版 武田勝頼(一)陽の巻 (講談社文庫)新装版 武田勝頼(一)陽の巻
(講談社文庫)

新田 次郎

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2010.06.07 Mon 16:52
社長、溝畑宏の天国と地獄
「オシムの言葉」で有名な木村元彦氏の著作。
大分トリニータの15年間と社長、溝畑氏を巡る物語だ。

官僚の「地方を元気にしたい」という言葉は白々しいことこの上ないが、溝畑氏は違った。
精力的な活動で、大分で0からサッカークラブを作り上げていく。周囲の無関心と横やりに何度も挫折しかけるが、その度に彼の男気に触れた男たちが助け船を出す。そのやりとりに胸が熱くなる。
だが溝畑氏のエネルギーは諸刃の刃とも言え、目立ちたがり屋の性格は敵も作り、日本一になった瞬間に崖から突き落とされるのだが・・・。

大分はJ2に降格し、借金まみれのクラブになったことから、溝畑氏に関しては否定的な声も多い。いまでは観光庁の長官であり、「やり逃げ」ではないか、と。
しかし、本書を読めば、それが短絡的な結論漬けであることが分かるはずだ。

僕は、溝畑氏にヘスス・ヒルという稀代の悪役会長を重ねた。
まったく毛色は異なる。しかし、自分が好きで、人が喜ぶのを見るのが好きで、そしてサッカーに狂っているという点で。
ヒル会長は、自身のクラブ、アトレティコ・マドリッドを廃墟同然から強くすることに全力を尽くした。つまり、金が必要だった。実業家としてクラブにポケットマネーをつぎ込むが、それでは飽きたらず、やがてマルベージャ市の市長に当選。「観光地マルベージャ市の宣伝だ」と言い張り、4億円以上を捻出し、その他、税金から5年間で40億円以上の使途不明金がチームに流れたという。結果、彼には捜査が及んだが、結局墓場まで真相を持って行った。

断っておくが、溝畑氏が本書の中で不正を犯した事実が出てくるわけではない。彼は金に関し、清廉潔白の人のようだ。
しかしはっきりとしているのは、会長としてフットボールクラブを率いるのは半端な仕事ではない、ということである。ヒルは自分の都合でチームをいじり、お調子者の性格も「品がない」と糾弾されることしばしば。
でも、そんな男だからこそ、誰もが見捨てた借金だらけのクラブを立て直し、欧州で有数のチームにまでしたのではなかろうか。
男としてのバイタリティーを二人からは感じる。是であれ、非であれ。

フットボールクラブは綺麗なだけでは存続し得ない。
本書はそのことを教えてくれる。
ワールドカップ前、有象無象のサッカー本が出ているが、数少ない大人が読める良書である。

社長・溝畑宏の天国と地獄 ~大分トリニータの15年社長・溝畑宏の天国と地獄 ~大分トリニータの15年
木村 元彦

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2010.04.13 Tue 11:02
読書の春
最近、貪るように本を読みました。むしゃむしゃ。
ざっとリストアップします。

楽園(宮部みゆき)
熱球(重松清)
不自由な心(白石一文)
フィッシュストーリー(伊坂幸太郎)
告白(湊かなえ)
悪人(吉田修一)
女たちは二度遊ぶ(吉田修一)
7月24日通り(吉田修一)

どれもオススメです。
なかでも、「悪人」は秀逸。人を駆り立てるエネルギーとはなんなのか?
登場人物たちの孤独が切ない。人はこれほど誰かとつながりたがっているものなのですね~。

そして素晴らしい文学作品は、素敵な自分自身の思い出も掘り起こしてくれるものです。

あれは僕が小学5年生のときでした。6年生の卒業式リハーサル、僕と数人の悪ガキたちは、式場から抜け出しました。
「こんな退屈なことやってられっかよ」と文句を言いながら。小さな脱出劇を誇っていました。まあ、悪ぶっているけど、たいした悪もできない、そんな程度の子供だったと思います。
気の合う奴らとちょっとだけ枠から外れる、それが格好いいみたいな。今から考えれば浅はかだし、同時に可愛いななんても思います。
でも、式から抜け出した一件が担任にばれちゃいまして。
僕らは教室にいる先生に一人ずつ呼び出されました。げんこつの一つでももらえばくらいの軽い気持ちでした。ところが最初に出向き、戻ってきたトモダチの顔から生気が失われていました。もう笑えない感じで。
やがて僕の番になり、それなりの覚悟を決め、教室に入りました。先生は先生用の椅子に座り、机でジム仕事をしているようで、視線を合わせてくれません。とりあえず近づくと、座れ、と言われたので、どっかから椅子をもってこようとしたら、床を指さされました。
土下座か、と思ったけど、しょうがないかなと。床がひんやりと冷たかったのを覚えています。
彼は恐ろしく落ち着いた話しぶりで、僕らの行為を詰り始めました。その挙げ句。
「お前らみたいな人間失格の連中がいるから、世の中はダメになる」
僕はそれは言い過ぎじゃないか、と思いましたが、口答えは禁物なので、犬のように殊勝な顔つきで聞いていました。
すると、先生は自分の足元にあったぞうきんをおもむろに手に取り、それで僕の顔を拭いたんです。
「汚い奴は綺麗にしないといけないからな」
ぞうきんで顔を拭いたら汚くなるよ、と反論したかったけど、体育大卒の教師の腕力は異常に強く、なすがままでした。
顔は誇りっぽく、吐きそうな匂いがしました。
散々な目に遭い、とぼとぼと校門を出るときです。
唐突でした。僕は憎悪を感じたんです。今ならそう表現できます。当時はまだはっきりと感じたことのない感情だったと思います。こいつを許さない、どす黒い感情です。自分が悪いことをしたとしても、これはないんじゃないか、と憎しみが涌き、自分がその感情に囚われそうになるのを感じました。
でも、校門を出たところで友達たちが待っていてくれるのを見たら・・・何か救われるような気がして。
最初、みんな無言でそれぞれ歩き出しましたが、どのタイミングだったか、会話が流れ出した来たら、なんかたった今受けた屈辱がおかしく思えてきて。
「こんなことたいしたことないじゃん」て。横浜弁。
強がりもあったけど。憎しみの芽はつみ取られたんだと思います。
もし、彼らが帰ってしまっていたら、僕はどうなっていたかな?

大人になった僕はトモダチが人並み外れて少ない人間です。
べたべたと徒党を組む連中がそもそも嫌いなのです。
仲良し、得意じゃないです。
でも、人とつながっていたい、という気持ちは人並み以上に分かります。

そして、これからも人と人を結びつけられる作品を書いていきたい。
それが今の僕の仕事です。

「悪人」、オススメです。記憶の糸を辿る空想旅行を。物語のうねりに身を任せて。

悪人(上) (朝日文庫)悪人(上) (朝日文庫)
吉田 修一



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