- スポーツライター・小宮良之のブログ -
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2010.01.31 Sun 18:51
デビュー、おめでとう。
ワールドサッカーダイジェストの記者で、長い付き合いになるスアレスの息子、ガブリエル君がインディーズとは言え、音楽界にデビューした。
おめでとう。
二十歳を過ぎてからもふらふらしているガブリエル君の成功をとても信じられなかったけど、親父のスアレスはとことん信じて、仕送りをしていた。
「やりたいことがあるならやらせてやりたい」
甘えん坊は甘えん坊にしか育たないぞ、と諭したが、スアレスは頑固だった。いつものように。。
でも、スアレスが甘いのは息子だけじゃない。あいつと取材で歩いていたりすると、物乞いに平気で小銭を恵み、いい気になった物乞いからさらに恵まれて困っている姿を何度か見た。
町中の人を救って家族を飢えさせるつもり、と奥さんから叱られてしょげる姿はなんというか可愛すぎる。
人が良すぎる、のだ。
実はそういうことは監督時代もあって、スアレスの理論やメソッドを盗んで自分のことのように語り、成り上がっていった指導者は結構いる。
でも、スアレスはそういうことは決して自分で愚痴らない。
「おまえは神様かよ」
周りは呆れっぱなしだ。
ただ、彼は権力者にへつらわない。むしろ力があってそれを振り回す人間に立ち向かう。
損な役回りだ。
でも、そんなスアレスだから友人が多いし、僕も信じられて長いこと付き合いが続いている。
ちなみに息子のバンドはcarontteと言います。
スマッシュヒットを飛ばし、親父を喜ばせてやれや、ガブリエル君。君を信じてくれた恩を返すのだ。
担当はギター。
メタルです。。。
シャウトばかりで歌詞がわからんが、デトロイトメタルシティみたいだったら笑えるような笑えないような。


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2010.01.07 Thu 00:44
2010年は。
2010年は春に書籍を出版する予定です。
詳細は改めて。

スポーツノンフィクション、もっと腕を磨かなければと思います。今年で38歳。選手を追い続けられる時間は、それほど長く残されていないでしょう。。。
精進せねば。

初心忘るべからず、と言うところで、蔵出しを。
2006年夏、ワールドカップ直後に「中田英寿の後継者たち」という連載をスタートさせたのですが、その第一回目は本田圭佑でした。
当時の本田は賛否両論の選手でしたが(今もか?)、とても好きな選手で、「絶対に本田で」とプッシュしたのを覚えています。2005ワールドユースは初戦しか試合に出なかったのに、大会中追いかけたほど。彼、なんか得体の知れないものを持っている気がしたんです。
だから、失意のドイツワールドカップ後、日本を背負えるのは彼しかいないと。

昔の自分の”攻め方””描き方”若いな、と思うけど、勢いがあるな、とも思います。過去の僕に僕は戻れないし、戻ろうとも思わないけど、ごりごりとした感じで対象者とやり合う感じは忘れたくないなと思います。

 2006年夏、日本代表のW杯は失意の中で幕を閉じた。
 そして一時代を築いた選手が去っていった。
 ナカタヒデトシ。
 中田と同じ選手は二度とは出てこない。しかし次代を担う日本サッカーの旗手として、彼のような存在感でチームを導ける選手が求められる。
-中田英寿の後継者、君のような選手が出てきて欲しい。
 それは覚悟を問う質問だった。
「オレたち北京世代で、一番は誰だ?となるとなかなか名前が出てこない。それこそが、オレは問題だと思う。出てこようとしていないのか、出ていけないのか。どっちか分からないけど・・・自分はまだ迷いがあるって言うか」
 ハタチの青年は飄々と答えた。イエスでもノーでもなかった。そこで質問の角度を変える。
-サッカー人生において、我を貫いた中田英についてどう思う?
「凄いですよね」
-どんなところが?
「エゴイストな選手で、日本では珍しい選手だった。プロは自分がどれだけやるかで評価される。だからエゴは出すべきで、もちろん失敗したら自分に返ってきますけど、そんなことを恐れていたら始まらない。中田という選手はそうやってきたきたからこそ、あそこまでたどりつけたんじゃないかと。これから先、ああいった選手を見習って、追いつき追いこせで行かなければならないと思う。彼のような選手が何人も出てきて、初めて世界と渡り合えるから」

 昨シーズン、本田圭佑は高校生ルーキーとして名古屋グランパスエイトに入団するとJリーグに颯爽とデビューした。
 日本人離れしたリーチから繰り出されるキックはプロの世界でも異端に映る。強く鋭いボールを蹴れることもあるが、独特の間合いからキックが放たれることで守備者はその対応に苦慮する。それは彼が左利きであることで独特のリズムを弾き出しているとも言えるし、彼が培ってきた“相手の裏をかく”という狡猾さによるものなのかもしれない。ボランチ、SB、FWをプロの世界で軽々とこなせるのはセンスの証だ。
 また、本田は「20才らしくない」「異端児」として報道される選手だ。それは左足で放たれるボールが強烈であるとか、ざくりとえぐるようなパスを繰り出せるからと言うよりも、物怖じすることない口ぶりにあり、エゴを好む性格にあるのかもしれない。到達するイメージに導くために、自分で自分を追い込んでいく。
 例えば名古屋の怪童はふてぶてしく言い放つ。
「W杯、たしかに日本はいい選手がいたけど、相手も強かったはず。メディアが騒ぎすぎただけで、サッカーを知っている人は簡単に勝てるとは思っていませでしたよ」
 例えば、北京五輪代表の初戦、中国戦でチーム初得点を頭で決めても。
「でも、あのゴールだけです。チームとしても勝っただけで、どう見ても中国の方がいいサッカーをしていたし、押されていた。それを自覚しないと。チームとして勘違いしてはいけない。アジアでもこんな差があるのか、と考える必要がある。見てて面白いサッカーをしたい」
 謙虚さが何より求められる日本という国で、彼の大胆さは特異に映る。だが、なぜか憎めない。取材者が的はずれな質問をしなければ、彼は彼なりの流儀で真摯に対応するからか。剥き出しの利己心はむしろ清々しい。
-北京五輪とは。
 そう訊ねたときも、彼は泰然と答えている。
「通過点。僕の中で、世界というとやっぱりW杯で、五輪は違う種目を見ている気がする。ただ、今は段階を踏まなければW杯に行けないと言うのも分かったし、W杯に出るような選手は五輪を経験していたりする。だから自分も五輪は目指しながらやっている」
 口の減らない若者だ。
 その不敵さはかつての中田を想起させる。
 たしかに本田は当時の中田と比較すれば、まだ怖さとスピード感で劣る。それは高校時代とは異なる、左ウィングバックという守備も求められるポジションをこなしているかもしれないが、まだ中田のような輝きはない。韮崎高校を卒業して湘南ベルマーレ(当時、平塚ベルマーレ)に入団した中田は1年目の終わりには、自由自在にチームメイトたちを操っていた。それに比べれば、本田はプロ2年目でスタメンを得る成功を成し遂げているとはいえ、まだ鬱屈とした印象を与える。
 そこで、怪物ルーキーの本音を暴く。
-もっとエゴを出すべきでは?
「でも日本にしかない良さもあると思う。まじめなところだったり。それから協調性、お互いがチームワークというか助け合うところは日本のいいところだと思う」
-ただ、一流と言われる選手たちはどこかナルシストだ。
「たしかにそう。チームにブラジル人選手がいたんですけど、一つ味方が欲しいというパスを出すと、それで認めてくれるわけで。結局は実力の世界なんですよね。だから遠慮していてはダメだと思うし。自分をどれだけ出せるか、というのはいつも考えていますね」
-もしかして、エゴ、協調性、二つの間で揺れ動いている?
「どっちを出すべきか、結構迷っているところはあります。協調性なんてオレくらいの年齢で本当にいるのか、と言う自分と、それは大切なことだから今から積み重ねていかないと、と言う自分がいる。海外の一流選手は自分が自分が、と言う選手ばっかりなんだけど、結局はそういう選手たちの集まりが、チームになると協調性で結びついている。それが理想なんですけど・・・。だから実は最近は葛藤の毎日ですね。これでいいのかと」
-最近の君の試合を見ていると、どこか窮屈そうに見える。
「オレがオレらしくないのが不満と言えば不満で(笑)」
-例えば。
「高校時代はエゴを貫いていましたから。1年の時が一番凄かった。3年生で自分よりうまい選手もいたし、外される危険もあったけど、オレは絶対にプロになる、と言うのがあったから、周りはカンケーねぇとやっていた。今うまくなるしかオレには道はねぇんだ、と。オレが活躍すればいい、くらいに思っていました。だから凄く喧嘩もしたし、いきなり大阪から石川県に来て、みんな“大阪人はこうなんか”と思っていたらしいけど、そういうわけじゃない(笑)もちろん、チーム内では浮きましたよ。でも、それくらい必死だった。だから今は試合に出ているけど、それに甘んじていいのか、と言うキモチはある。自分への批判というか、そんな日々で」
 おそらく、彼はどこかで心が壊れるような衝撃を受けなければならないのだろう。
 例えば中学生時代、何かが壊れることを感じたときのように。
 
 中3だった彼は、とにかくやんちゃだった。関西の名門、ガンバ大阪のジュニアユースでもそのわがままぶりは際だっていた。誰の言うことも聞かない。ボールを持ったら、どれだけギャラリーを楽しませるか、そんなことを目論む“ませガキ”だった。ボールを持ったら勝負、という姿勢は、あるいは無謀に映ったかもしれない。しかし本人は「それでいい」と確信していたし、「オレ、やれてるわ」という腹の底から沸き上がる自信があった。
「オレ、絶対にプロになるねん」
 強い信念があった。
 ところが、少年は鉄槌を下される。コーチが無情にも言った。
「ケイスケ、おまえはユースには上げられん」
 宣告を下された少年の心の中では、悔しさよりも恥ずかしさが先行する。プロで活躍することをイメージしていた人間が、ユースにも上がれない。ユースなんてどうでもいい、とさえ思っていたのに。現実を咀嚼してからやり場のない淀んだキモチに支配される。「おまえら、どんな恥ずかしい思いをさせてくれるんや」と。怒りの感情に近かった。そして同時に頭を抱えた。
「オヤジになんと言えばいいのか」
 彼の父は“何かやるなら必ず一番であり続けないといけない”と言う考えの持ち主だった。だから父からどんな罵声を浴びるのか、そう考えると、やるせなさと怒りがごちゃ混ぜになり、気分はどん底まで沈んだ。少年にとって、サッカーの原点は父親だった。クラブに入団するようになったのは小2だが、物心ついたときには父とボールを蹴っていた。「こいつが凄いんやぞ」とペレのモノクロビデオを見せられた。
 そのオヤジになんと言われるか。
 だが厳格な父は、その時だけはけなしてこなかった。
「オレの顔色を見て、ホントに恥ずかしい思いで告白したんだな、というのが分かったんでしょうね。あのときだけは何も言いませんでしたよ。いつもはあのプレーのどこがいいんや、と叱る人なんですよ。ホント、厳しいんですよ。それが、あのときだけはそういうことは言わなかった。でも・・・だからこそあのときにオレはやる気になったのかもしれないっすね。納得できないまま終われるかって」
 その時、彼の中で壊れた何かが復元を始めた。強靱になるために、だ。
 本田が挫折を経験し、高校進学という道を選びながらプロ選手という夢にたどり着けたのは、不器用でもその姿をイメージしていたからだろう。だから本田は悪びれずに言う。
「小さい頃からプロというイメージは、はっきりと描いていました。同じではないにしても達成しましたと思っています。だから今も次のイメージを鮮明に描いて、そこにより近づこうと」

 胸を張り、背筋はピンと張りながら、長さが異なる足をひょこひょこと動かす歩き方は、どこか異国の怪物を連想させる。ピッチでの本田の佇まいはある種、異形だ。そして怪物がさらなる変身を遂げるためには、何かが壊れるような衝動を経験しなければいけない。それは挫折かもしれないし、あるいは心が揺れるほどの勝利かもしれないが、うねりに飲み込まれれば破滅してしまう危険もある。
 ただ怪物は恐れずに戦いを挑もうとしている。
-日本代表、オシムのサッカーとは。
「数的優位を作ろうとする。いいサッカーかどうかは別にして、非常にレベルが高い」
-トリニダード戦は見た?
「ポジションはあまり決められていなかったみたい。僕は好きですね、そういうの」
-走る、と言う標語が一人歩きしているが。
「走るのは当たり前。サッカーはそういうスポーツだから。マスコミの人が言うのは勝手だけど、選手が囚われすぎると自分を見失う。オレは自分の道を行くし、自分なりの解釈もある。オシムが言いたいのは、日本人は1対1でなかなか勝てないと言うのがあるから、勤勉に走ってサポートに行く、と言うところだと思う。それが日本らしさだと」
-自分が海外のピッチに立つことはイメージできる?
「イメージしないと実現しない」
-2010年W杯は?
「サッカー選手である以上、目指さないと」
 不遜にも聞こえるが、それは何よりもサッカーを愛するが故だろう。
 幼い頃は公園で近所の友人たちを集めて、夜遅くまでサッカーボールを蹴っていた。周囲はマンションで、その公園を見下ろせたが、夕飯時になると、子供たちの母親が“遅いから帰ってらっしゃい”と声をかける。一人、また一人とボールを蹴る少年の数は減っていく。残るのはいつも彼とその兄貴だった。
「ボールが見えなくなっても、追っていましたね」
 彼はそういう逸話をとても柔らかい表情で語る。最後の質問を投げかける。
-自分が変わる瞬間が来るとすれば?
「でかい大会でしょうね。いい目安は五輪かな。人間には節目があると思うし、それで流れを引き寄せればもうオレは止まらないじゃないかな、と思う。突き進んでいく、と言うか。もちろん人間ずっと突き進めるもんじゃないし、そんなの虫が良すぎるけど、だからこそ節目はあるんだと思う。まあ、世界の凄い選手はオレみたいにユースで落とされると言うことはないと思うけど」
 彼は昔受けた傷跡をさするように言った。しかしそれはまもなく追憶の彼方に。次なる衝撃は想像を絶するほどに。
日々徒然 | CM(3) | PAGETOP↑
2010.01.04 Mon 18:41
Feliz 2010
あけましておめでとうございます。

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