- スポーツライター・小宮良之のブログ -
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2008.04.26 Sat 15:32
加賀百万石の都
今週は石川県、金沢に出張取材。
星稜高校やツエーゲン金沢で話を聞いてきました。
外部からの刺激が金沢という土地で昇華されているだな、そんなことを感じました。
高校にも、もちろんクラブにもいろんな土地から来ている人たちがいて、越境者が与えるエネルギーについても考えたり。

2年前に「NIKE FOOTBALL2006」で、”越境”が培う、プロサッカー選手として必要な能力という原稿を書きましたが、ふと、当時の取材を思い出しました。
自分自身も日本を出て生活することで、大きな刺激を受けましたが・・・越境とはなんなのか・・・。
以下は当時のコラムを蔵出しです。

 獅子の子は千尋の谷に突き落とされた方が、強くなれるのかも知れない。
 かつてFCバルセロナの寮からは夜中になるとすすり泣きが聞こえた。自分が思い描いていた現実とのギャップ。それに打ちひしがれた子供たちが、故郷を恋しがり、強烈なホームシックにかかる・・・現代はメールや携帯電話の普及で、望郷の念は薄れたと言われるが、まだ大人になりきれない少年にとって、家族を離れた土地で暮らすことは勇気がいることだったと言う。
「俺はサッカー選手になりたいという気持ちが強かった。だから、寂しさよりも目の前のやるべきことに夢中になっていた」
 バルサの闘将、カルレス・プジョルは、故郷ジェイダから越境でマシアと呼ばれる寮には入った。
「周りを見渡したら、自分が一番下手だった(笑)。これは人の何倍も練習しなければ、絶対にここでは残ることはできないと思ったね。だから、わき目もふらずに練習していた思い出がある。下手だったけど、誰にも負けたくないと言う気持ちは強かったし、高いレベルで練習することで自分がうまくなっていくことを感じていた。だから自分の場合、マシアでの生活は寂しいと言うよりむしろ楽しかった」
 彼は越境による寂しさを楽しさに変えた。そのタフネスを持っている選手は、日本でもスターダムののし上がっている。大久保嘉人(マジョルカ)、松井大輔(ルマン)、田中達也(浦和)、本田圭祐(名古屋)、中田浩二(バーゼル)、西紀寛(磐田)、平山相太(ヘラクレス)・・・彼らは中学から高校に進学するときに、越境を決意したが、その後目を見張る成長を遂げた。
 大久保は「サッカー選手になりたい」と中学時代にすでに越境しているし、松井は、「自分はフィジカルが足りないから」という深謀遠慮で鹿児島実業を選択し、本田はガンバユースに昇格できずに星陵高校進学というコースだったが、見事に逆境をバネにした。それぞれ経緯は異なるが、彼らは越境を起爆装置にしたのだ。
「サッカーに集中できる環境でやりたかったんです」
 全寮制の青森山田高校から今年3月、FC東京に入団した小澤竜己はストイックな眼差しで語った。彼は生まれ故郷の名古屋から越境を決意した。
「青森山田は冬になると雪が積もり、そこを走れば足腰が鍛えられると言うことを聞いたんです。自分は地元のクラブユースで育ったのですが、もっと厳しい環境を求めていましたから、青森に行けば、そういう練習ができるかなと考えて。だから自分で決めたことなので、ホームシックはなかったですね。サッカー選手になるためには、そうすることが必要だと感じたんです」
 故郷を離れ、寮で集団生活を送ったからと言って、成功は約束されるわけではない。地元でじっくりとプレーすることで才能を開花させる人間はもちろんいる。世界を見渡して、すべての一流選手が越境を経験しているわけではない。しかし、プロサッカー選手は原則的に一つの場所にはとどまることができない職業だ。新天地に適応する能力と折れない心が常に求められる。
「ブラジル人選手を獲得するなら、欧州でプレーした経験のある方がベターだ」。Jリーグのスカウトたちにとってそれは一つの定石だと言う。ブラジルで奔放に育った選手たちは実力的に申し分ないが、いきなり日本に来ると環境の激変に付いていけず、心が折れてしまうが、欧州でのプレーを経験したブラジル人は大人になっていて日本に来ても順応期間が少なくてすむのだ。
 越境はスポーツエリートを創り出すための身勝手な行為と断じられることもある。
 だがそれは的が外れてはいないか。たしかに越境して失敗し、涙に暮れて帰る若者は少なくないだろう。打ちひしがれてしまった子は、その後の人生に悪影響を及ぼすこともないとは限らない。ただ、そこで培った経験を糧に“人間としての幹を太くする者”がいるのも真実だ。
 人は降りかかる災難を自らの力で振り払い、逆境をはねのけて前に進むことで心を強くする。生きる術。それは教えられるものではなく、目を背けずに立ち向かうことで得られるものだ。人は一人で生き抜くことの難しさを知ることで、ようやく仲間の大切さを知り、思いやる気持ちになれることができるのかもしれない。そこに人間としての真の強さが生まれるのではないか。
「サッカーは最後は個人なんだ。自分でなんとかしなければいけない。けど、寮で暮らすようになって、改めてサッカーがチームスポーツだと言うことが嫌と言うほど分かった。マシアで育ったチームメイトたちとは今もなんでも言い合えることができる、親友なんだよ」
 プジョルの言葉に、越境の意味が込められている気がした。
 
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