- スポーツライター・小宮良之のブログ -
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2009.09.12 Sat 13:15
久々に読書感想文
「邂逅の森」熊谷達也著を読了しました。
友人の編集者に薦められ、読み始めたんだけど、思いの外、ぐいぐいと作品世界に引き込まれていきました。
活字が視覚的映像よりも鮮烈で、同じくものを書くという立場としては、到底辿り着けないと言う畏怖と身の毛もよだつ嫉妬を感じました。
一言で言えばまたぎの男の話なんだけど、その臨場感が素晴らしい。雪山の中に立ち、獣の体臭をかいているような気分になりました。
またぎという山を崇拝して生きてきた者たちが、時代のうねりに翻弄されていく様もが生々しく真に迫り、心を震わせます。文枝、イクという女性たちもなまめかしくも清楚で逞しく。
人間と自然、一大巨編です。
ラストシーン、熊との凄絶な戦いの描写は凄まじかった。
オススメです。

そういえば、僕は中1年頃まで、動物に執拗な興味を持っていました。
小6までで大学ノートにびっしりとメモやイラストを自分で書き取り、どんなときも持ち歩いていました。
ノートは10冊以上。野毛山動物園にも写真を撮りにいったり。今思えば小学生にして取材をしていたわけで、すでに今の仕事の原点的なことをしていたのかもしれません。
でも、そんなんだから、周囲からはかなり変人扱いでした。
だって、授業の合間も惜しむように動物ノートの余白を埋めているんですから。怖いですよ、そんな小学生。
「コミヤくんはどうしてみんなと遊ばないのか?」と言う学級裁判で糾弾されたこともあります。
小4で、僕はすでに集団生活はできないのだと、悟りました。
協調性にはいつも×が付いていました。
僕は本気で動物博士になろうと思っていたのだと思います。たしか卒業文集の夢にもそう書いた覚えがあります。
でも、何をキッカケにしてそのようになったのか覚えていないのです。
あやふやな記憶の糸を辿ると、当時はまだ近所の山にも蛇やら狸やらが出没し、そういう野生動物の得体の知れなさに興味を持ったんだと思います。
獣の正体というか。山とは言えない藪にはいるだけでドキドキしました。
その興奮が僕の動物好きを促したのかも知れません。
で、ある日、たぶん小5くらいの頃、動物園を”取材”していた頃、飼育員のおじさん(今考えればお兄さん?)に話を聞いたんです。何を聞いたか、詳細は覚えてないんだけど。
その時、子供心になんか違うな、と思ったんです。
なんか、その人が象のうんこを掃除するのが大事な仕事で、みたいなことをいっていて。
獣の神秘じゃなくて、象のうんこ?
もちろん、飼育員の人は野生動物を簡単に目にできない子供たちのために、日々頑張っている尊敬すべき人たちだと今は理解できます。
でも子供だった僕は、”そういうことがやりたいんじゃない”と急に気持ちが醒めました。
まあ、僕はその程度の動物好きだったのでしょう。

同じ頃、可愛がっていた黒いウサギが死んじゃいました。
僕は自分で覚えていないくらい、泣いていたそうです。近所の人が心配するくらい。
「動物は一生飼わない」と心に決め、今も飼っていません。
僕は、クロ(そう呼んでました)から獣である権利を奪ったのだと思いました。それはやっちゃいけないことなんじゃないかと。
別にペット愛好家はそれでいいし、動物園は必要だし、でも自分はそう思いました。
そんなことが連続して起こり、ノートを書く手は止まりがちになったのです。ばからしく思えてきました。それに小5くらいから、サッカーを始めたことでクラスに友達もでき、なんだか知らないが女の子にまで人気が出て、もう僕は浅はかなるがままに浮かれてしまい・・・小6の辺り、それは自分にとって、自分が人間であることの邂逅だったのでしょう。きっと。

そんなわけで、どんなわけで?邂逅の森、改めてオススメです。

邂逅の森邂逅の森 (文春文庫)
熊谷 達也





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2009.09.13 18:28 | posted by - | | EDIT |

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