- スポーツライター・小宮良之のブログ -
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2010.02.11 Thu 16:39
バンクーバー、もうすぐ開幕
3月25日発売予定の「アンチ・ドロップアウト」、表紙のデザインがほぼ固まってきました。
雰囲気ありです。。。

さて、バンクーバー開幕直前です。トリノ五輪は激動の日々だった。毎日メディアセンターのマクドナルドに通っていたら、体に変調が・・・。

開幕の頃に書いた上村愛子選手のルポを蔵出し。

「怖くなんてないわ。だって滑るのは楽しいじゃない?それにみんなに応援してもらえるのよ!」。モーグル女子カナダ代表、ハイル・ジェニファーは、大会前に笑い声を立てながら言った。
-重圧を感じる?
 その問いの意味を彼女は測りかねているようだった。その無垢なる剛胆さ。だからこそ、いっさいのミスが許されない中でも失敗をせずにいられるのかもしれない。あるいはそういう人間が集う場所が五輪なのか。だが、そんな陳腐な表現を、ハイルは笑い飛ばすはずだ。
「ねぇ、あなたそんな難しく考えないで。ただ楽しめばいいのよ」。アスリートたちのドラマは作られるものではなく、生まれるものだ。
 山の頂上では、ハイルが最後の滑走を始めようとしていた。金メダルの重圧。それは緊張という言葉が柔らかすぎるほどのものだ。スタンドは興奮状態で、騒然としていた。ノルウェー、ドイツ、イタリア、そして日本。国旗がいろんなところではためく。頂上から見守る眼下の光景はどのように映っているのか。ビート感のある音楽が流れ出し、大画面にはハイルが映し出された。スティックを握りしめながら、笑ったように見えた。それは錯覚に違いなかった。
 狂気を帯びた享楽者たち。人々は限界に挑む者たちに夢中になる。2月10日。イタリアのトリノで2006年冬季五輪が幕を開けた。

「今までのどのオリンピックよりも、自分がしっかり感じとれていて、すごく幸せな気分です(^▽^)。自分がしっかり、ひとりの人間のままでいれてます(中略)こういう時間も心から楽しめる自分にかんぱい(^▽^)」
 2月9日、彼女は自身のブログで、1枚の写真を添えてメッセージを書き込んでいる。リラックスした様子で何かをおいしそうにぱくつく様子だ。かんぱい、の後ににっこり笑顔の絵文字。それは無機質だが、彼女の精神状態を雄弁に表現していた。3週間前に左膝を痛め、日本に帰国したことで不安が囁かれたものの、炎症は軽かった。長野、ソルトレークに続いて3度目の五輪。上村愛子は確固たる自信を抱き、大会に挑もうとしていた。
 今大会、母である圭子さんの存在は頼もしかったに違いない。長野県の白馬で、上村が所属する北野建設の寮母も務める母は2月6日に現地入りすると、選手村の近くに宿泊した。晩ご飯はほとんど親子水入らず。そんな中、小さなハプニングもあった。母はお米と炊飯器を日本から持ち込んできたのだが、変圧器を持ってくるのを忘れて、電圧の違いで初日に壊してしまったのだ。そのため毎日、おなべでご飯を炊く羽目になってしまった。
「やっちゃったね」。そんな一件も、上村の心を和らげた。
 前日練習の昼飯。上村はゴールエリア付近で日本チームの仲間たちはおにぎりを頬張っている。練習が終わったのが、ちょうど1時半ごろ。ゴールエリアは即席のランチスペースになった。友人たちとピクニックに来たようなのどかな風景。実はこのおにぎり、上村の母が20個ぐらい握って届けたものだった。ご飯はもちろん、お鍋で炊いたもの。おかずにはお手製の卵焼きが添えられていた。上村は終始楽しげだった。
 彼女はくつろげる空間を求める。それは戦うために必要なもの。上村の流儀と言っていいかも知れない。だから彼女の精神状態が落ち着いていたのは、母親の存在があったのは間違いないだろう。
 もちろん、彼女が競技者として絶対的自信を得ていたのも大きかった。
「コークを本番でちゃんと100%飛べるようになったのは、自分が一番最初だと思うから」
『コークスクリュー720』。ワインのコルクスクリューのように回転することから名付けられた3Dの大技だ。頭を下げながら飛び立ち、空中で体の軸を斜めにしながら2回転する。最高難易度の技を女子では世界で初めてマスターしたのが、ウエムラだった。
「カッコよく滑りたい」。彼女はその探求心で男子でも限られた選手だけがマスターしているにすぎなかったコークスクリューを手に入れた。世界に胸を張れるウェポン。それは彼女の心に余裕を与えていた。なんと言っても、彼女はふわりと空を飛べるのだ。

 2月11日、トリノ市内から車で約2時間ほどのところにあるサウゼドルスク。ピンクのウエアを着込んだ上村は、大喝采の中、予選を5位で通過した。
 エアーだけのポイントで見ると2位。コークスクリューがきれいに決まった結果だった。近辺は雪が降らず、スプリンクラーで人工雪を撒いていたことで、雪上はかなりハードな状態になっていた。板が雪をかくと、ガリッガリッと氷を削るような音が聞こえる。落下する危険のあるエアーは、恐怖感を煽っていた。
 だが、彼女は怯まなかった。左膝が病み上がりでも、雪が高くても、彼女は凛として自分の武器をぶつけてきたのだ。
 予選から約2時間後。19:00になると気温はマイナス5度まで下がる。人工雪でできたこぶはアイスバーンにできた危険な罠にさえ映った。こぶは堅いと衝撃を吸収せず、選手たちから容赦なく体力を奪う。だが上村は「人工雪は苦手じゃない」とトリノで練習するようになってから言い続けてきた。それは攻める覚悟を決めていたからに違いなかった。美しき戦闘者たちは恐れ知らずに、言い訳ももせずに、223mの直滑降を駆け下りなければならないのだ。
 決勝、最後から5番目で上村がスタート地点に立った。ゴーグル越しに少女の可憐さを残す表情が窺える。「ジャポーネ!」。イタリア人DJが場内に声高にアナウンスした。長野、ソルトレイクで連続メダルを獲得した里谷多英は、満足できる滑りができず、憤怒に近い表情を残して去っていた。五輪に絶対的勝者はいない。「3,2,1,カモンレッツゴー」。機械音が甲高く鳴った。

 上村はスタートで気負いすぎたのか、最初のこぶで減速する。さらに、第一エアの直後の着地がわずかに乱れた。だが、彼女はここで滑りを立て直す。第二エアーの踏切台が近づくと、上体を左にひねりながら宙を舞わせる。動物的な跳躍だった。最初はヘルメットをつけプールに飛び込んだ。練習で何度も体を痛めつけても身につけた技。一回、二回・・・空中で回転して降りたとき、両足の着地は乱れなかった。ゴールした瞬間、彼女は両手を突き上げ、ガッツポーズをしていた。
 彼女のジャンプに喝采が降った。
 ゴーグルを外すと、上村は記録とVTRが再生される画面の方を食い入るように見つめた。結果はすぐには出てこない。「早くー」と待ちきれない様子で体を上下に揺さぶる。
「ウエムラは非常に技術が高い」。場内解説は説明し、コークスクリューが絶賛されていた。だが上村は画面から目を離さない。総得点は24.01だった。彼女は安堵と失望が入り混ざった表情を作る。ノルウェー代表、トローに次いでの2位。場内に三つだけ用意された椅子の中央に上村は迎えられた。
「(座って待っている間は)メダルをすごくお願いしていた」
 実際、彼女は祈るような面もちだった。トローに話しかけられても、どこか上の空なほどに。しかし願いは届かない。
 予選3位のケリンに追い抜かれ、表彰台に上がるためには後がなくなると、予選2位のラウラにも抜かれた。上村は何かを断ち切るように立ち上がると、選手たちと抱擁を交わし、彼らに背を向けた。表彰台には上れなかった。すぐそばにいた関係者たちと、彼女は話し始め、ポンッと肩を叩かれると、照れ笑いのような、悔しさを押し隠すような笑いを浮かべていた。
「ゴールドメダル!」
 アナウンスが辺りをつんざいた。最終走者のハイルがノーミスで最高得点を叩き出し、逆転で金メダルをさらっていた。

 上村の最終順位は5位だった。
「気持ちよくは立てた。でも何でだろ、メダルは遠い・・・」。少し戸惑うように言った。記録を見ると、入賞した6人の中でエアーこそ3位だったが、ターンとタイムは最下位。最初のこぶと第一エアーの着地が響いたのか、タイムは上位が26~27秒台だったのに対し、上村は28秒台だった。
 それでも、入賞は立派だ。長野が8位、ソルトレークが6位、そしてトリノが5位。彼女は強くなっている。自分の武器を繰り出しながらも表彰台に立てなかったことが、彼女は悔しいに違いないが、そうだとすれば彼女はこれからも進化する。他人との争いではなく、自分の限界がどこにあるかを追求する求道者は強い。
-バンクーバー五輪(2010年)は考えていますか?
「出られるものなら、出たい」。彼女は言った。終わりは始まりなのか。
 上村は中1で一度スキーをやめながら、カナダでW杯モーグルを見て、「あんな風に滑ってみたい」と思うようになったという。その夜、彼女のコークスクリューは“かっこよかった”。何かに打ち込む情熱は人の胸を打つ。新たな物語が紡がれるようとしているかもしれない。
「ねぇ、アイコのようになりたいんだ」。
 いつかの彼女がそうだったように。
 オリンピックが始まった。
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